■蔵出し、ドキュメンタリー映画についての記事

先日触れたのですが、ブログを9月7日まで引き延ばす企画の一つとしてお蔵入りしていた記事を公開します。
(開き直った)

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ドキュメンタリー映画について書いた記事です。これは今年の二月、映画の公開直後に書いたものです。画像の貼り付けはおろか誤字脱字の確認もしていない、文字通りの蔵出しです。
そしてこれは本来感想の一部分であって、この前後に色々と書いて映画全編に対する感想の記事とすべきところ、とりあえず頭に浮かんだ部分を書き殴ったものです。

いつもは文末に付けているバナー、画像の後が蔵出しの部分となります。
それではどうぞ。

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悪い意味でどうしても気になってしまったのは、選抜メンバー選びの会議の場面だ。結論から言うと、色々な面でわざとらしい。

あれだけの少人数で狭い部屋で顔つき合わせているというのに、各々が理路整然と淀みなく明瞭に喋り、他の者は文末まで一切口を挟むことなくそれを黙って聞く。しかる後に別の者がまた理路整然と明瞭に喋る…そんな事が実際にあるわけないだろ。
現実の会話というのは、落ち着いた中年男同士だとしても、たとえそれが会議という堅い場であったとしても、もっと雑然としていて常時双方向に行われるものである。この場面だけはテレビドラマの会話並みに不自然であって、ドキュメンタリー映画の中で妙に浮いていて、違和感があった。
ここから見えてくるものは何かといえば、作中で指原も語ったように「秋元康一人が選抜メンバーを決めているわけではありませんよ」という主張を分かり易く観る側に伝えることであり、何とも作為的である。
運営、プロデューサー、レコード会社の三者で綱引きをしたらレコード会社の意見が一番強いのだろうというのは素人にも分かる。それを強調することによって、秋元康の意見が却下されることを強く印象付ける。そして最後は場面全体を婉曲するために指監督がかっこ悪く自分を落として終わる…筋書きとしてもまさに隙が無い。
世の中何でも疑い出せばきりがない。とりわけアイドルと向き合ってこれは野暮の極みであり、本来アイドルなんてものは敢えて馬鹿になって何でも額面通りに受け取り、景気良く騙されてやるのが正しくそして楽しい見方なのだ。それは私自身分かってはいるつもりなのだが、それでもこの場面だけは幾らなんでもこれは無いだろ、と思った。
運営側の邪な考えを形にしたようなこの場面が入ることによって、ドキュメンタリー映画全体の質を落とすというか緊張感が若干弛緩してしまったように感じられる。これでは指原監督に失礼だし、少々気の毒ではないのか。





この映画の主題歌「Chain of love」のセンターにはるたんが選ばれるというところで物語は終わる。

これまでにも繰り返してきたとおり、誰かメンバーを推す時はある程度しつこく推さなければ意味がない。たかが一度や二度の機会を与えただけで、そこでチャンスを活かせないのが悪いなどと言うのは横暴であり、滅茶苦茶な物言いである。
はるたんが次の7thシングルで選抜に入れるかというと、現実的には難しいことが沢山あると思う。映画の評判が上がろうが非選抜メンバーの陰の努力が報われようが、そんなものはレコード会社の金になるとは限らないからだ。でも、少しずつでも確実にそこに向かっていかなければ、主題歌センターへの抜擢は映画を面白くするための壮大な見世物だったのではないかと、そんな邪推まで生むことになる。
はるたん推しがこの映画にまつわる件だけでぱたりと止んでしまうという一過的なもので終わってしまうのか、それとも今後多少なりとも継続されるのか、その結果をもって初めてこの映画の価値が決まるのではないだろうか。

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プロフィール

とけすん

Author:とけすん
埼玉県在住、四十代独身男です。ヲタ歴は五年半(ヘビロテ新規)。推しメンは穴井千尋。アイドル以外の趣味は野球観戦、旅行、居酒屋巡り。
HKT推しとしては典型的な百貨店新規で、初めて劇場に入ったのは博多レジェンド公演。2013年12月、元推しの横山由依生誕祭を機に推し卒を決意し、以後AKBからも離れて博多単推しに。遠征大好き現場ヲタです。

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